立派な社史をつくっても、なぜ社員の記憶には残らないのか

社史や記念誌をつくるとき、経営者はたいてい本気です。

創業のいきさつも、苦しかった時期も、ようやく掴んだ転機も、できるだけきちんと残したいと思う。

だからこそ、仕上がった冊子が社内で思うほど生きていないと、少しこたえます。

若い社員や中途のメンバーに悪気があるわけではないのに、どこか「昔の話ですよね」で終わってしまう。

あの静かなすれ違いは、地味ですが重たい問題です。

 

原因は、歴史の中身が悪いからではありません。

むしろ逆で、伝えたいことが多すぎるのです。年表も実績も正しい。

けれど、事実を整然と並べただけでは、人の心はなかなか動きません。

社員が知りたいのは、何年に何があったかだけではなく、なぜその選択をしたのか、

そのとき何を失い、何を守ろうとしたのかという“会社の体温”です。

 

そこで力を発揮するのが、えとこえの紙芝居メソッドです。

一枚の絵を囲みながら、創業時の迷い、うまくいかなかった判断、そこから何を学んだのかを言葉にしていく。

完璧な説明でなくても構いません。少し間があっても、少し照れがあっても、そのほうがむしろ伝わることがあります。

社史を共有する目的は、過去を称えることだけではなく、その歴史をこれから働く理由に変えること。

記録を物語として手渡せたとき、会社の歩みは、ようやく社員一人ひとりの中で動き始めます。